さとりをひらいた犬 腹を切って死のうとした話
さとりをひらいた犬 ほんとうの自分に出会う物語 https://www.amazon.co.jp/dp/B09HK4L983?ref_=cm_sw_r_apin_dp_HACPMSBST1REWQMM13S8
みぃちゃんからのおすすめの本。
驚くほど、分離から統合するプロセスがみぃちゃんのメンタルモデルとリンクしてた。
https://1kando.com/198533?fbclid=IwAR0_8ZhuFnwghmi7oxrPZ98zh0s7s5x64TdbMwRvysYb4Ah9vq67gtVdN7A
腹を切って死のうとした話
これもみぃちゃんからのおすすめ。
ライフタペストリーなんだ。
JTSのLC6回目で、プチ斬りされてから、私の奥底がザワザワと揺らめいている。
私は本当は自由に表現したかった。
その自分の希望を息子に背負わせようとしていた。息子に自由になって欲しい。その前に自分が自由になりたかったのか。
まだ、息子のために自分が自由にならなければと思ってしまう。そして、「ダメだ、それじゃ息子に負荷をかけてしまう」とまた、ダメから派生させようとしている。
息子に幸せになって欲しいと考えるのは、私のエゴなのか?
幸せになって欲しいのはエゴじゃない。
息子が普通の仕事ではなく、好きな仕事をしてほしいと考えるのが、もうエゴなのかもしれない。
私はどうしたいんだろう。
自分の人生の責任を棚にあげて、どこまで行くつもりだろう。
そう、みかちゃんが言った通り、昔恐ろしさのあまり、私は私の表現を全て消した。
いつ父親か怒鳴るかわからない。いつ母親が殴られるかわからない。何もしない、影を潜めて息を潜めてただ生き延びるために。
そうすることで、私は私の責任からも逃げられた。なんの責任も取らずに済んだんだ。自分を表現する事で、喜びもあれば責任も伴う。
いつも周りを見て、無難な正解を探して、人と同じように振る舞っていれば責任も取らずに済む。
私は卑怯者なのか?
いや、恐ろしい世界で生き延びるための最善策だったんだ。
大人になってからも、自分を表現しなかった。
だから結婚しても苦しかったんだ。
離婚して私は私の希望を子供達に見るようになっていった。また、良い母親であろうとした。
だから2人を鬱にしてしまったんだ。
子供は子供の人生がある。
それを中々認めきれず、子離れもできなかった。
自由奔放に圧力かけて蓋をしたまま。
私の上から無難な皮を被って
ダメな自分を埋めるために
だから、色んな不本意がやってくる。
息子の件は一番痛い。
人は、身体とエゴと魂で出来ている。
怖いけどそろそろ圧力鍋の蓋を外そう。
そうすれば魂の声が聞こえて来るかもしれない